ウズベキスタンの文化

文化を知り、より素晴らしい旅に。

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ウズベク人はとても人懐っこい。
もしあなたがウズベキスタンの文化を少しでも知っていたら、彼らはとても喜ぶでしょう。
一生に一度しかないかもしれない旅。
是非素晴らしいものとなるよう、「文化を知る」という準備もお忘れなく。

Contents

言葉と文字

公用語はウズベク語であるが、ロシア語も民族交流語として広く使用されている。首都では依然とロシア語の通用度は高いが、地方へ行くほど、ウズベク語の使用度は高くなる。サマルカンド、ブハラなどはタジク語も利用されている。

旧ソ連時代、諸々の事情によりウズベク語を書き表す文字はアラブ文字→ラテン文字→ウズベク式キリル文字と変遷してきた。独立後、政府は新しいラテン文字への完全切り替えを目指しているが、新ラテン文字が使われているのは初等教育や公共施設、観光地、道路標識など。出版物やバスやマルシュートカの行き先表示もキリル文字が多い。ソ連時代に教育を受けた人々の間ではラテン文字が分からない人もいるため、町の看板などは、ウズベク語のラテン文字とキリル文字、ロシア語の3パターンで表記されている所も多い。

どれも分からない外国人にとっては多少の混乱はあるだろうが、特に色々な民族が集まり暮らすタシケントは、色々な言語も無意識のうちに混ざり合い、飛び交う面白い町と感じるのではないだろうか。

教育

ウズベキスタンの家庭では共働きが多く、1~3歳は保育園、3~6歳までは幼稚園に預けるのが普通である。6歳になった子供は小学校に入学する。

ウズベキスタンの場合、小学校4年、中学校5年、高校3年という教育制度で、義務教育は日本と同じく9年制だが、99%が高校へ行く。高校には大学を目指す学生が進学するアカデミーリツェ、カレッジ(専門学校)がある。学校は公立で、高校を含めて無償。数は少ないが私立の学校もあり、ウズベキスタン教育省が定めた学科の他に追加科目も教えている。

高校卒業後は、大学や専門学校で勉強が続けられる。基本的に大学は4年、専門学校は2年。日本と同じように入学試験と面接の受験が必要である。旧ソ連時代、大学は国立で教育にかかる費用は政府が負担していた。今でも無料で勉強できる大学はあるが、人気のある大学や学部は学費が必要である。

日本と根本的に異なることがひとつある。ウズベキスタンの場合は、高校時代から将来の職業を大体決めて、必要な科目を集中的に勉強し、大学を選び、大学で学んだことを活かす職業に就く。

ウズベキスタンでの日本語教育は、1990年に現在のタシケント国立東洋学大学に日本語コースが開設されたのが始まりであり、中央アジアにおける日本語教育の先駆けとなった。

多くの卒業生が輩出され、1995年を境にタシケントの他大学や中等教育機関でも日本語教育が開始。サマルカンド外国語大学やフェルガナ大学でも日本語教育が始まった。2001年にはウズベキスタン・日本人材開発センター(UJC)が開館し、一般教育、通訳実習、ビジネス日本語など、ニーズに対応したコースを運営している。

日本語学習への関心が高まる背景には、独立後、日本とウズベキスタン両国の政治・経済的関係の緊密化がある。戦後、経済発展を成し遂げた日本への憧れや、先進科学技術に関心を持つ例が多い。文化・スポーツに関しても交流が盛んで、ウズベキスタンには親日家は多い。

結婚

ウズベキスタンの人々にとって結婚式は非常に重要であり、特に華やかに祝う。現代的な結婚式スタイルに変わりつつも、その中に伝統を守っている人は少なくない。

結婚に関する儀式は、各地方によって様々あるが、伝統の結婚式では、花嫁は自宅から花婿の家に向かって行くのが慣わし。結婚式の日には、両家の家で結婚プロフが行われ、それぞれの家のプロフを交換する儀式がある。

■トゥイ(結婚式)
結婚式の日は、花嫁花婿のためにイマーム(ムスリム聖職者)が「ホゥトバイ・ニコフ」という特別な結婚の祈りを捧げ、2人は神様の前で既婚のカップルとなる。その後、2人は戸籍登録課(ザクス)に行って結婚届けを出し、法的にも認められた夫婦となる。

結婚の日、花婿は親友の同行で花嫁を迎えに行く。花嫁は親との別れの儀式を行い、花嫁の女友達が歌いながら花婿の家まで同行する。花婿の家に着くと結婚を祝う会が始まる。伝統料理が振舞われ、音楽と歌、踊りで盛大に祝う。

祝賀会が終了すると、花嫁は2人のために用意された部屋に1人で入り、ヤンギャ(花嫁に最も親しい親戚の既婚女性)が着替えを手伝う。着替え終えると、ヤンギャは部屋にかけたカーテン(グシャンガ)の後ろに花嫁を隠し、花婿を待つ。

親友同伴で花婿が現れ、カーテンに向かう。花嫁と会うためにお金を渡し、花嫁と花婿は2人っきりになれる。ヤンギャは付きっきりで2人を見守り、両家の親に報告をする役目もある。

その翌朝、「ケリン・サローム」(花嫁の挨拶)と言う儀式が行われる。家の庭には花婿の親、親戚、隣人と知り合いが集まり、順番に花嫁にプレゼントを渡し、新婚者の幸福を祈る。花嫁は全員に挨拶と頭を下げて深々と3回のお辞儀をし、結婚式は終了。家族生活が始まり、新婚夫婦は40日間を2人のために用意された部屋で暮らす。その間、花嫁は花婿側から用意された伝統的な何着もの衣装で着飾る。

■ホトハ・トゥイ(婚約儀式)
伝統の結婚式では親の賛成と祝福により、いくつかの段階で行われる。男子が青年に達すると、親は息子に最も合う女性を探し始める。花嫁探しには、親しい親戚、隣人も参加し、花嫁を探して女性の家に行き、青年に合うか合わないか家族生活などを判断する。合うと判断すると、女性の両親の元へ仲人(ソウチ)を送る。

主に「ホトハ・トゥイ」という儀式がある。仲人が婚約日を決定し、その日は花嫁になる女性の家に女友達、親戚、マハリャ代表の長老達が集まる。仲人が訪問目的を述べた後、「ノヌ・シンドリシュ」と言う儀式が始まり、この時点から若い2人は婚約したと認められる。最後に仲人は結婚式の日を決定する。このとき、女性の親は2個のレピョーシカとお菓子を包んだダストルハン(テーブルクロス)を仲人達に配り、将来の花婿と彼の親にプレゼントを渡す。このホトハ・トゥイ儀式が終わると、結婚式まで2人の親達は結婚式の準備を始める。

結婚式の数日前に、花嫁の家に親しい女友達を誘い「キズ・オシ」というパーティを行う。

音楽

ウズベキスタンでは、大人も子供も歌や踊りが大好き。結婚式などのお祝いをはじめパーティのときには、音楽が鳴り出すとすぐに誰もが踊り始める。両手をあげリズムを取り、首や体をひねりながらステップを踏む大衆のダンスである。

伝統的な踊りは衣装も含めてブハラやフェルガナ、ホラズムなど、昔のハーン国の伝統から発展した。ブハラはガウンを着て決まった振付で踊り、フェルガナはアトラスを着てパントマイムが入り柔かく滑らか、ホラズムは金属の飾りをたくさん付けた帽子をかぶり激しく踊るのが特徴である。

楽器は弦楽器の種類が多く、二弦のドゥタール、四弦のタンブール、ギジャク、五弦のルバーブ、チャングという琴などがある。ドイラという打楽器、カルナイという管楽器も使われる。民族音楽専門のグループがあり、結婚式や様々な催し物で演奏し、ダンサーも加わり踊りを披露する。

音楽は伝統的なものをはじめ、ソ連時代から始まったウズベクポップも一般によく聴かれている。

スポーツ

ウズベキスタンの伝統的なスポーツと言えば、クラッシュ。柔道によく似た国民の財産的、国技的格闘技である。

クラッシュの始まりは、紀元前4世紀頃に見られ、5~6世紀に国家的格闘技の人気が高まった。その後、アミール・ティムール時代に盛り上がり、ティムールはクラッシュで訓練をした若者を軍に採用するなど、クラッシュの保護と発展に尽くした。

今も、結婚式やお祭りなどでは、クラッシュの試合が行われている。クラッシュはウズベキスタンの先祖から伝わる勇敢さや実直さを持ち、忍耐力や勝負心、強い意志などが養われるスポーツである。

ウズベキスタンでは、中世から親しまれてきた格闘技の人気は高く、世界的な選手も育っている。柔道とクラッシュのオリンピックのメダリスト、アブドゥラ・タングリエフやボクシング世界チャンピオン(WBA)ルスラン・チャガエフが有名である。